野球に限らずプロスポーツの世界では選手は商品であり、売れなければ棚卸しされるのが常識だが、客層としてのファンの気持ちを無視した経営では、いつか客に見向きもされなくなる。観客動員数を見れば、既に多くのファンからマリナーズは見放されている。
イチロー選手への今後の期待や展望は稿を改めて記したいと思うが、今回のトレードの内幕?を考察してみた。マリナーズの公式発表やイチロー選手自身の記者会見でも今回のトレードはイチロー選手側から申し出たという表向きの報道になっているが、本当にそうなのだろうか?
オールスター戦の前後に何があったのか? 憶測だがマリナーズ首脳は先シーズンに引き続き不調(過去の彼と比較して)のイチロー選手の「切り捨て」を決めた。これは栄枯盛衰で仕方の無い事であるが、問題は契約の切れるシーズン終了を待たなかったことである。5年契約の最終年である今シーズンが終了すれば、イチロー選手はフリーエージェントとなる。待ってやるのが功績から見て「武士の情け」というものだろう。
マリナーズが来シーズンの再契約を提示しなければ、イチロー選手はどこのチームとでも新契約交渉ができるのだから、彼の心底は知るべくもないが、敏腕で知られるエージェントのアタナシオ氏が提案することは考えられない。ならばアタナシオ氏にイチロー選手トレードを持ち出したのはマリナーズ側であろう。
イチロー選手の今年の年俸1800万㌦(5年契約9000万㌦)をマリナーズはシーズン終了時点で支払うはずだった。この2シーズンの不調を差し引いても余りある良い買い物だった。しかしマリナーズ首脳は、ここでイチロー選手がフリーエージェントになるのを拒み、はした銭(プロ野球の相場では)で叩き売り(バナナじゃねえぞ!)に出た。
はした銭といっても超一流選手(年俸の残りが約700万㌦)、どこのチームでも出せる額ではない。叩き売りの結果、マリナーズ首脳は残り分の半分を嫌々ながらの自腹、200万㌦少しと二軍選手2人との交換条件でヤンキースに引き取らせた。
ヤンキースもプレイオフに向けての穴埋めになればということで、イチロー選手のブランドイメージに銭を出したので、大きな期待はしていないのだろう。背番号31、左翼8番打者という待遇はその表れ。スター選手の並んだヤンキースで、たとえ今年ワールドシリーズに出られてリングを貰えることになっても、所詮はその他大勢の中。そんな日本人選手なら前にもいた。
かつて晩年の金田正一が宿敵だった巨人のユニフォームに袖を通した時、子どものように喜んだ。彼の素直な所はそれでよいが、野球人金田の格は零落した。イチローにはそうなってほしくないものである。それでは日本を代表する(彼の意志でそうであろうとなかろうと)イチローの格が下がる。腐っても(まだ腐ってはいない!)鯛だ。
では何故、イチロー選手は、自分から望んだトレードだと発表したのか? これももちろん推測だが、マリナーズ首脳がイチロー選手の自尊心につけ込んで、自ら望んだと言わせる事で、彼を売った自分たちの姑息差を非難されるのを避けたと見るのが本当の所だろう。トレード先の選択があったのか?との記者の質問に苦しそうに答弁していた彼の顔には、そう書いてあったように思う。
マリナーズ首脳の狡猾さと愚かさの露呈は、今回に始まったことではない。ドン若松監督の解任を、よりにもよって、「ジャパンナイト」を選んでやってのけた。直前の試合は勝っており、この日を解雇通達に選ぶ理由は何もなかった。これは多くの日系ファンを怒らせたが、謝罪の一言もなかった。
もしも「ジャパンナイト」であることに気が付かなかったとでもいうのであれば、これは弱いチームにたとえ少数の日系人ファンでも集めようと努力していた広報の活動をマリナーズ首脳陣は知らなかったか、おそらく知ろうともしていなかった事を露呈している。その後のマリナーズ首脳陣は、ケン・グリフィーの突然の引退原因もドン若松に押し付けて、うやむやにし、ジュニアには正式な引退式もやっていない。
ジュニアはセーフコフィールドを作り、イチローはそれを有名にしたのだ。この2人にシアトルは恩がある。
35年間でマリナーズがポストシーズンに進出したのはわずか3回だけだ。イチロー選手に代わってシアトルのプロ選手の顔となったスー・バード選手の所属するシアトル・ストームは、この10年間でプレイオフを逸したのは1度だけで、2度のチャンピオンに輝いているし、シーホークでも6回のプレイオフ進出、スーパーボウルにもいった。これと較べれば、絶頂期のイチローを擁したマリナーズは何をしていたのか。マリナーズ首脳陣は何故、いまだに居座っていられるのか?
マリナーズオーナーたちの中で任天堂が大株主なのは誰でも知っているが、山内前社長の持ち株は米国法人のニンテンドー・アメリカにとうに委譲されている。山内前社長の意向が日本選手の進退に今も影響しているように取り沙汰されているが、噂の出所はマリナーズ首脳陣であろう。
マリナーズ首脳の一人は10年間、米国ニンテンドーの社長をした人物だ。それ以前に山内社長はマリナーズの身売りを食い止める出資をしたが、金は出すが、口は出さないという願ってもないオーナーである。ところがこの日本流に何も言わないのを良い事に、このマリナーズ首脳は、都合の悪い時は日本オーナーの意向が反映していると匂わせ、日本オーナー(日本)を悪者にして誤魔化してきた。
ビジネスを通じて日本人の心情を知り尽くし、親日を装いながら、心底では日本人、日系人を馬鹿にし利用する。残念ながら、そういうアメリカ人を何人か知っているが、実に狡猾である。それでも私はマリナーズのファンであるが、いつまでもプレイオフチ|ムに優秀選手を提供するだけのメジャーの中のマイナー(友人は4Aチームと呼ぶ)でいてほしくはない。
マリナーズ首脳陣を批判しているのはイチロー擁護派、イチロー無用派のどちらにもいる。マリナーズが、より多いファンに支えられる良いチーム(強いだけではない)になるには 現首脳陣を更迭し、本当に野球を熱愛する首脳陣を見つける事が先決必須であろう。
頭上を通るブルーエンジェルスの轟音で白昼夢から覚める。嫌な夢だ……。シアトルの夏もこれで終わる。野球はポストシーズンを目指して白熱して来るが、マリナーズよ、君等は何処に行くのか……。
2010年 盛夏
【筆者プロフィール】
佐々木豊:グラフィックデザイナー。69年シアトルパイロッツの開幕ヤンキース戦から当地のチームを応援してくる。80年代のマリナーズのロゴデザインにも関わる。
編集部より
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