所属期間11年半。シアトルに多くをもたらしたイチロー選手。 写真 = 幡野 雄紀
イチロー選手がシアトル・マリナーズに在籍した11年半、シアトルはさまざまな影響を受けてきた。ニューヨーク・ヤンキース移籍から1カ月が経ったいま、当地でイチロー選手と歩んできた企業、人に焦点をあてる。「ポスト・イチロー」の新しいシアトルをどのように見据えているのだろうか。
グッズ商品、常に売り上げトップ
シアトル・マリナーズの商品売り上げにおいて、イチロー選手の存在は欠かせない。チーム広報のレベッカ・へールさんは、在籍中のイチローグッズの売り上げはフェリックス・ヘルナンデス投手、ケン・グリフィーJR元外野手らと並び人気を集め、売り上げに関しては常にトップだったと明かす。
最近は強盗による盗難事件があったように、「特にジャージとシャツが人気で、地元のファンと観光客の双方から買われていました」という。地元、日本問わず、多くのファンから人気を集めていたことが改めてうかがえる。
現在MLBのロゴが付くマリナーズのイチローグッズは、公式ショップで最大半額で売られている。イチロー選手の移籍が今後の商品売り上げにどう影響を与えるかは不明だ。
「今後、イチロー選手の商品がなければ、フェリックス・ヘルナンデス投手や他選手の商品を買うでしょう」とへール広報。「我々にとって(イチロー選手は)非常に重要な選手であったことは間違いありませんが、野球の世界で1人の選手がチームに与える影響を計ることは難しいのではないでしょうか」
現在はチームの調子もよく、チケット販売も良好。チームの勝ち星がもっとも重要との考えだ。
ビジネス需要を見込むANA
7月25日にシアトル―成田間の定期便を就航した全日本空輸(ANA)。夏の観光客需要を見込み、就航を早めたが、観光の目玉の1つとなるマリナーズから日本人スター選手が直前に移籍してしまった。
オンラインコミュニケーション部マネージャーの斉藤ジーンさんは、購入客からのキャンセルも目立ったものはなく、イチロー選手の移籍の影響は運行便には出ていないと話す。 ANAによると、米国内における日本との旅客活動は、シアトルはロサンゼルス、ニューヨーク、サンフランシスコに次ぐという。斉藤マネージャーは、「(シアトル地域は)ボーイングをはじめとする大企業の本拠地であり、着実なビジネス需要を期待できる」と話すように、視線はビジネス需要にあり、日本からアジアへ向かう利用者へ向けたネットワーク強化が今回の就航の狙いだ。
イチロー選手の存在を問わず、当地における観光面のポテンシャルについても言及、「日本から訪れる観光需要にも期待しています」と続けた。
最大で2000人以上、マリナーズ観光ツアー
イチロー選手の移籍後、日本から訪れた観光客の中でマリナーズ観戦ツアーをキャンセルしたの声も聞こえてきた。
同ツアーを地元で手がける旅行代理店アズマノ・インターナショナルの小笠原実支店長によると、日本の旅行代理店によるツアー客や自社で扱った客であわせて10件ほどのキャンセルがあったという。8月は時間的にキャンセルが難しいこともあり、影響は少なかったと明かす。
ポートランドに本社を構える同社は、イチロー選手がマリナーズに移籍した01年にシアトル支店を開設。毎年日本の旅行代理店のパッケージツアーから参加する観光客を含め、マリナーズツアーを提供している。
日本人選手が大リーグの各チームで看板選手として活躍をみせることが多かった2005年、06年シーズンは年間でのツアー参加者は2000人を超えた。松井秀喜選手がヤンキースで活躍していた際のマリナーズ戦では、1試合で150人弱、バス3台を動員してのツアーが組まれたと振り返る。
それ以外の年でも1500人から2000人ほどの需要があった。近年は注目カードも減り、昨年の参加者は1500人弱だった。
今年はダルビッシュ有投手が所属するテキサス・レンジャース戦に利用客が集まるという。9月21日からレンジャース戦が組まれ、またイチロー選手の契約最終年のシーズン終盤で注目の集まりやすい1カ月を迎えるが、移籍により状況は変わってしまった。
「9月以降はキャンセルがきくため、見通しが良いとは思っていません」と小笠原支店長。「(ツアー参加者が見込めるのは)ダルビッシュ選手が登板する試合ぐらいでしょうか」
マリナーズには岩隈久志投手や川崎宗則選手がいるが、毎日試合に出る保証はなく、契約も今年限りのものだ。「来年の観光ツアー関連の売り上げは落ち込むでしょう。数としては今年の半数以下は見た方がいいかもしれません」とイチロー選手移籍の影響を見積もっている。
ビジネス、教育、観光、新しい利用客の姿
一方、イチロー選手とともに約10年を歩んできたアズマノ・インターナショナル社だが、小笠原支店長は、会社事業の柱は学生や企業向けの語学学習やホームステイといった国際交流プログラムだと説明する。
「イチロー選手にずっと期待しているだけで会社が経営できると思っていませんでした」と冷静に状況を受け止めている。
グローバル化が叫ばれ、円高が後押しする日本の需要をつかみ、事業の多角化を図っている。現在、シアトル支店の売り上げの約半分は教育関連プログラムで、マリナーズ観戦ツアーを含めた観光関連プログラムがもう半分を占めるという。
小笠原支店長は観光関連に関し、リピーターの多さも指摘する。レイニア山やオリンピック国立公園といった自然巡り、またシアトルを経由したアラスカツアーなどが人気を集める。マリナーズやイチロー選手だけではないシアトルの魅力は観光客に確かに伝わっているとの自負がある。「(イチロー選手の移籍は)ショックはショックですが、シアトルの新しい観光需要を掴んでいきたい」と教育関連と新たな観光を軸とする同社の今後を見据えた。
「シアトルといえばイチロー」――。日本人からいわれる時期もあったシアトルだが、その姿はビジネス、そして教育へとイメージが変わっているのかもしれない。しかし、その過程において、圧倒的な知名度を誇ったイチロー選手が与えた影響は大きなものだったに違いない。